特別対談「岩手からの提言」

知事と尾身茂氏(地域医療推進機構理事長)が対談を行いました

進行:南 砂(読売新聞東京本社 取締役調査研究本部長)
対談日:平成27年2月6日

岩手の課題は数年後の日本の課題

尾身 茂

医師、医学博士
名誉世界保健機関(WHO)
西太平洋事務局事務局長 他

尾身 茂 氏

1949年生まれ。自治医科大学を一期生として卒業。東京都伊豆七島を中心とする僻地・地域医療に従事。世界保健機関関西太平洋地域事務局に入る。ポリオ根絶、SARS制圧などで陣頭指揮。その後、数々の要職を歴任後、2012年独立行政法人地域医療機能推進機構理事長に就任。総合医の育成、地域医療におけるITの推進等を含め、我が国の医療問題に関しても提言している。

本日はここ岩手県庁で岩手県の達増知事と地域医療機能推進機構の尾身理事長のお二方に、「地域医療再生」をテーマにお話を伺いたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

東日本大震災津波から4年が過ぎようとしておりますが、まず、被災地の医療の復旧の状況と今後の課題等を達増知事からお聞かせいただけますか。
達増

はい。東日本大震災津波によりまして、沿岸部の医療提供施設340カ所のうち107カ所が全壊になるなど、甚大な被害を受けましたが、国内外から支援をいただいて、現在では沿岸部における医療提供施設の再開率は87.9%になるなど、ハード整備についてはおかげさまで復興に向けた歩みが着実に進んでいます。尾身先生におかれても、「自治医科大学医学部同窓会東日本大震災プロジェクト」の本部長を務めていただいて、被災地に医師をのべ117名派遣していただくなどの支援をいただいておりまして感謝申し上げます。ハード整備が着実に進む一方で、被災者が実感する生活の回復度を調査したところ、「回復した」または「やや回復した」を合せて回復したと感じている人が52.3%にとどまっているというのが現状です。被災者の方々は生活環境の変化、応急仮設住宅での不自由な暮らしなどで過重なストレスを抱えていまして、継続的な健康維持・増進の支援をしていかなければなりません。岩手県としても関係機関等の協力のもと、高齢者の介護予防、健康支援、一人暮らしの方の見守り、そして心のケアに取組んできたところでありますが、応急仮設住宅には今でも約2万2千人の方が入居されていまして、被災者の方々の心身の健康を継続的に守っていくために、被災者一人ひとりのニーズに応じたきめ細かい支援を続けていく必要があると考えています。
被災地における地域医療の確保に向けては、医療施設の被害が特に甚大であった陸前高田市で県の医師会が仮設診療所を設置して、地元で不足している診療科の診療を行うなど、被災地の地域医療の支援に尽力いただいています。県医師会をはじめとした様々な団体から支援をいただきながら被災地における地域医療の確保に取組んでいるところでありますが、医師不足などの課題は顕在化してきておりまして、復興の障壁となっております。こうした課題は、特に首都圏などで今後高齢者が急増していく中で、数年後には日本全体の課題になりかねないと考えています。

達増知事から被災地の復旧状況、それから課題についてもお話しいただきましたが、これまで被災地の医療には尾身理事長もことのほか力を入れてこられました。また、今回、岩手にお見えなってからも昨日今日と精力的に現地を視察されたと伺っております。震災の教訓やこれからの支援についてお考えや感想をお聞かせいただけますでしょうか。
尾身

そうですね、今回の東日本大震災の時は本当に、地元の方ががんばられたと思います。阪神淡路の大震災の後に、実は知事もご承知の災害直後の救命救急を目的としたDMATというのができましたね。今回の東日本大震災から学んだ課題は以下の3つにまとめられると思います。①被災後の中長期にわたる人々の命・健康を守るパブリックヘルスの仕組みの欠如②情報が分断・錯綜したため“全体像”の把握が困難③被災地のニーズと提供された支援のミスマッチ。
つまり、介護、メンタルヘルス、栄養など中長期の生活支援をする全国的なシステムの構築が求められるという事だと思います。実際、東日本大震災発生後2か月ほどしてから、こうした課題に関心のある公衆衛生関係の人々がパブリックヘルスフォーラムを設立し、議論を重ねてきました。そうした議論を通し、災害時健康危機管理支援チーム(Disaster Health Emergency Assistance Team: DHEAT)を提案しています。DHEATのメンバーは予め必要な研修を受け、登録し、いざという時に被災地に派遣されるというようなシステムです。今このDHEATの考えを国にもお話しし、なんとか実現できる努力をしています。なんとかその方向に行きそうな感じが個人的にしています。

ありがとうございました。尾身理事長からのご指摘は、医療施設などハード面については順調に復興が進んでいる、けれども一方で医療だけでない、生活全体を含めた、公衆衛生学的見地からの中長期的システム的な支援が必要になっているということ、それも含めて引き続き多くの課題がまだあるということでした。達増知事からは、被災地の医師不足という医療を巡る危機的な状況は被災地だけの問題ではなくて、これから近い将来、日本のどこででも抱えうる共通の問題であるというご指摘もいただきました。被災地の地域医療を考えることが日本全体のこれからのあり方を展望することでもあるという貴重なメッセージをまずお二人からいただいたと思います。

地域医療の現状

対談風景

対談のテーマである「地域医療の再生」についてさらに伺っていきたいと思います。最初に、地域における医療のあるべき姿というものをどのように考えていらっしゃるか、まず尾身理事長からお伺いします。
尾身
あえて一言で言えば、どこに住んでいても必要なときに家計がパンクするようなことがなく、適切な医療が受けられるというのに尽きると思います。
ありがとうございます。達増知事はいかがでしょうか。
達増
やはり住民がその居住する地域において必要なときに適切な医療が受けられると言うことが地域における医療のあるべき姿と考えます。医療は、戦前は内務省の管轄で地方行政の一環だったのですが、戦後、内務省解体に伴う縦割行政化によって厚生省として独立発展して、厚生行政の一環として事業が取り扱われる体制になったわけですが、医療というのはもともと地方自治の不可欠な一要素であって、さらに地方自治を成り立たせる基盤といっても良いものであります。今、医師不足等によって地域医療の危機が深刻化する中で、住民本位の地域医療というものが再構築されなければならない時であります。岩手県における医療の特色の一つとして「県下にあまねく医療の均てんを」という理念のもとに、20病院と6つの地域診療センター、これは診療所ですが、合せて26の県立施設を設置して、9つある二次医療圏における基幹病院としての役割や、交通事情や医療資源に恵まれない地域における初期医療の役割などを担っています。
今のお話ですと、26の病院と診療所を県立で運営して医療を担当しておられるということで、これは全国的にもあまり例がない取組かと思います。何か課題はありませんでしょうか。
達増
岩手県の人口10万人あたりの医師施設従事医師数は約190人で全国40位です。医師数自体は増加傾向にはあるものの、全国水準と比較すると大きな格差がありまして、近年、格差はますます広がる傾向にあります。また各二次医療圏で勤務医が減少してきています。その中でも沿岸部の県立病院勤務医の減少が深刻で、ここ10年程度で常勤医師は167人から145人になり、22人減少しています。割合にするとマイナス13.2%です。全国の医師数の状況を見ますと、西日本の医師数が多くて東日本で少ない、西高東低の状況になっています。人口10万人あたりの医師施設従事医師数が最も少ない埼玉県148.2人と、最も多い京都府296.7人を比較しますと格差は約2倍もありまして、都道府県間で医師の偏在があります。岩手県内でも盛岡保健医療圏に医師が集中して、沿岸部や県北部の医療圏では人口10万人あたりの医師数が県平均を大きく下回る状況にあって、県内でも地域的な偏在が見られます。
今、具体的な数字が出てきました、かなり危機的な医師不足の状況にあるということだと思います。そういう状況の中で岩手県ではどのような対策を取っていらっしゃるのでしょうか。
達増
岩手県では平成17年度に医師確保対策アクションプランというものを作りまして、高校生から医学生、臨床研修医を経て岩手県内に定着するまでの医師のライフステージに応じた、育てる、岩手に残ってもらう、など5つの視点からの総合的な取組を進めております。具体的な施策として一番力を入れているのは医師養成奨学資金です。これは平成20年度から貸付制度を拡充していて、平成19年度には25名だったんですが、平成20年度から増やしていって、今は55名の貸付枠を設けて医師を養成しています。医学生一人につき1400万円程度~3000万円程度の奨学金を貸し付けています。6年から9年間地域医療に従事すれば返還が免除されるシステムになっています。奨学資金制度の他には、高校生を対象とした医学部進学セミナーや医学生に対する臨床研修病院合同説明会、合同面接会を開催するといった取組をしています。これまでの医学部入学定員を増やすことによって、全国の医師数は増加していて、また岩手県と同様に医師不足が顕著な他の都道府県でも医師確保に取り組んでいるんですが、先ほどお話ししたとおり、都道府県間の医師の偏在というのは解消できてなく、国における医師確保対策が、医師の偏在を根本的に解決するための施策になっていないというところに問題があります。
県内の医師不足の状況に対する手厚い色々な施策を伺いました。たとえば奨学金の貸付なども制度を拡充しているということですが、それだけではなかなか解消しない問題があるということです。尾身理事長はこの全国的な医師偏在ということについて、どのようにお考えでしょうか。
尾身
今知事がおっしゃった医師の地理的な偏在は長年の課題です。様々な努力がなされてきましたが、根本的な解決には至っていません。その理由はこの問題の奥にある本質的な問題を根本的に考えることが比較的少なかったためだと思います。つまり、一方で医師というプロフェッショナルな人々の自由を尊重し、他方地域のニーズにどうこたえるかという、一見相矛盾する問題にどうバランスのとれた合理的な解決をするかについて、正面から議論することが少なかったといえます。多くの方がご承知のように、医療は国民から保険料という形で賄われ、さらに税金も投入されて、もちろん自己負担分もありますが、医療はみんなの出したお金を基金とし、皆で活用するいわば相互扶助の仕組みです。しかも、医師を育てるためには、私立の医科大学でも税金が投入されています。従って、医療には公共的な側面があることは否定できません。プロとしての自由と地域のニーズをどうバランスさせるかは極めて重要な課題です。このことに関する議論はヨーロッパではオープンに議論されますが、日本では微妙な問題だけに、なかなかオープンに議論されることがありません。従って、こういったことをオープンに議論する時期にきたと思います。医師だけでなく、一般の人、ジャーナリスト、政治家など多くの人が参加して、それぞれが属する組織の利害を超えて10年後、20年度のあるべき姿を考えるべきです。
なるほど。確かに日本は国民皆保険が原則で、誰でもいつでもどこに住んでいても医療を適正に受けられるという原則が国民共通の財産です。一方、医師も国税など色々なもので育てられ働いているわけで、そういう意味では公の財であると考えられます。まさに先生がおっしゃいました公共の福祉と医師や医療人のプロフェッショナルな自由というものの折り合いをどのようにつけるかということが、非常に大きなテーマとなります。ここに踏み込まないと達増知事がおっしゃるような所に到達できないということですね。各県単位の医師確保の取組だけでは限界と言うことが先ほどの達増知事のお話でわかりましたが、それでは全国レベルで医師を養成していくには、どのようなことが必要だと知事はお考えになっていらっしゃるのでしょうか。

「地域医療基本法」で医師偏在を解消

対談風景

達増
前近代の社会においては、病気にかかるとそれも運命みたいなもので、治るか治らないかもお祈りで治すとか、おまじないで治すとか、そういう時代は医師の役割を果たす人についても医師免許などの制度もなく、医師の資格や地位も確立していない中で、自由自在な医療のようなものがあったと思うんですけれども、科学がどんどん進んで、今や簡単な病気であれば、かなり確実に病気が治せるようになり、昔だったら治らないような病気でも最近は治せるようになってきている中で、公の観点から一人一人の命を守っていくということを、よりきちんとやれるようになってきているところがあると思うんですね。医学・科学の進歩に伴って、それに合せて医師の役割も公的に位置づけられるような制度も進んでは来ているけれども、特に地方自治の観点から見るとまだギャップがある。そういう中で岩手県では「地域医療基本法」という法律を制定することで、全国レベルでの医師確保の取組を実現して、そして医師の地域偏在の解消を実現しようということを提言しています。医療は住民生活に欠かせないものでありまして、この「地域医療基本法」においては、住民が地域において等しく適切な医療が受けられるという基本理念を掲げるわけです。この基本理念を実現していくために国や地方公共団体の役割分担を明確にして、医師の養成や適正配置をして、医師をはじめとした医療従事者、住民が一体となって、そしてオールジャパンで地域医療の推進をしていくという、そういう内容を「地域医療基本法」に盛り込んでいます。
「地域医療基本法」によって、全国どの地域でも等しく医療が受けられるということを権利として刻む一方、それをかなえるための医療人の配置や養成についても決めるというのは、非常に明瞭な提言だと思いますね。国では、医療介護総合確保推進法を制定して、今後、都道府県が地域医療構想を策定することによって、2025年に向けて地域の医療・介護を確保していこうという考えで動き始めておりますけれども、こうした国の取組については、達増知事はどのようにお考えでしょうか。
達増
去年の6月に医療介護総合確保推進法が出来て、都道府県は、平成27年度から、団塊の世代が後期高齢者となる2025年に向けて、その地域にふさわしい医療需要と医療供給のバランスのとれた医療提供体制を構築するための地域医療構想、ビジョンを策定するということが求められています。将来の医療需要を把握してそれに見合った医療体制を確保していく仕組みは必要ですし、岩手県としてもしっかり取組んでいきます。しかしながら今回の法改正によっても、将来の医療体制を支える医療従事者の養成の取組は、各都道府県に地域医療支援センターや医療勤務環境改善支援センターを設置するなど、依然として都道府県ごとの取組にとどまっていて、全国レベルで医師などの養成に取組んでいくという視点には欠けていると思います。2025年には首都圏などの大都市部では、75歳以上人口が2015年と比較して1.5倍以上増加することが見込まれていますので、医師不足は岩手県などの地方の問題だけではなく、全国レベルで医師確保に取組んで行くべき課題ということがいえると思います。
本当におっしゃるとおりだと思いますね。「地域医療基本法」を制定することが基本にあった上で、全国レベルでの医師確保などの取組があると。順序がそうなってくるんですね。「地域医療基本法」の制定という提案が今知事か出されたんですけれども、尾身理事長はこの「地域医療基本法」というものについてはどうお考えになりますか。
尾身
今はまさに時代の曲がり角です。高齢化社会の中で国民の健康、医療あるいは介護への期待がますます高くなっている。医療技術・医学は日々進歩し、当然、医療費も毎年高くなってくる。しかし必ずしも財源は潤沢である訳じゃない。こういう中、保険と給付をどうバランスを取るか、診療報酬をどう設置するかなどが今までの医療改革の中の主たるポイントだったと思います。確かに日本の診療報酬のシステムは世界に冠たるシステムだとWHOなどでも評価しています。しかし、現在の状況はこうしたいわば対処療法的療法だけでは立ち行かなくなってきています。そろそろ、10年、20年、30年後の医療・介護はどうあるべきか、腰の座った議論を行う時期に来たと思います。その議論に参加するのは、単に医療関係者だけではなく、南さんのようなジャーナリスト、一般の老若男女、東京の人だけではなく、地方の人も含めたいわば参加型市井会議のようなものを開いて、将来を見据えた腰の座った議論を通し、実効性のあるグランドデザインを作る必要があると思います。しかもそこに参加する人達は、それぞれが属する組織や会社の利益を代弁するのではなく、次の世代の日本・社会・医療にとって、相応しい形を知恵を絞って描き、そこに到達するための方策、ロードマップを作る必要があると思います。しかも議論の時には、なるべくデータや根拠に基づいて、多くの人に納得感が得られるようなグランドデザインにする必要があると思います。
なるほど。そうしますと、達増知事が言われた「基本法」を作るに当たって、医療のグランドデザインについて国民の合意形成が必要ではないか、合意にはなかなか至らないまでも、誰もが納得できるよう、国民的な議論が必要ではないかということですね。
尾身
おっしゃる通りです。タイという国では“The Triangle that moves the mountain”という運動がありました。三角形の一角が政治家や官僚などいわゆる意思決定者、もう一つの角が一般市民、最後の角が中立的な専門性をもつスペシャリスト、こうした三角形が自分達の利益を超えて国の為、社会の為に知恵を絞れば動かぬ山も動き法律の制定など成果があった方法です。

ありがとうございます。これまでのお話を簡単にまとめると、達増知事からは、地域医療の現場では医師確保が最大の課題になっていて、これは必ずしも岩手だけの問題ではなく、明日の日本全体の問題であるという見地から、「地域医療基本法」の制定を求める提案がありました。また尾身理事長からは、そのためにも日本の医療のグランドデザインについて、国民的な議論を始めないといけない、という話でした。

そこで、お話のキーワードにもなっている医師確保について、これは最大の課題でもありますので、医師の養成について掘り下げたお話を伺っていきたいと思います。全国レベルで計画的に医師を養成して、全国に適正に配置をしていく、と言うのは簡単なんですけれども、これはどのように進めていったらいいとお考えでしょうか。まず達増知事に伺いたいと思います。

医師の養成と配置に向けて

対談風景

達増
岩手県が提言していますこの「地域医療基本法」には、全国レベルで計画的に医師を養成し、全国に適正に医師を配置をしていくための、国や地方公共団体が実施すべき基本的施策を盛り込んでいまして、これが「地域医療基本法」の柱になっています。その内容は、まず国においては、全国的に医師を計画的に養成し適正な配置を図るために必要な施策を実施する、地方公共団体においては、国の施策に基づいて、二次医療圏ごとの配置に関する具体的な施策を実施することにしています。また、ここで重要なのが、医師の意欲を低下させることがないように、地域医療に従事する医師については、キャリアアップを支援していくことにして、医師の処遇や支援の充実を両立させながら施策を進めて行くということが必要です。このような方向性で全国レベルで医師の地域偏在を解消するための取組を実施することによって、初めて地域医療の再生に向けた課題を根本的に解決することが出来ると思います。
提案されている「地域医療基本法」の柱にもなるというお話をいただきましたけれども、国が全国的に医師の養成と配置を計画し、都道府県単位の医師の適正な配置については、都道府県で責任を持って取組む。一方で医師のキャリアやモチベーションに配慮した支援の取組も行う、ということなんですけれども、住民が適切な医療を受けられるという、あるべき姿の実現に向けて、専門的な見地からは、どのような医師を計画的に養成していく必要があるのでしょうか。尾身理事長のお考えを伺わせて下さい。
尾身
国の方でも専門医制度に関しての色んな検討が行われておりますよね。そういう専門医に対する要請・期待はこれからもますます強くなると思います。同時に臓器別あるいは疾患別の医師に加えて、よくある一般的な病気について深い理解があって、だいたいのことはもうそこで対処できて、しかも患者さんを生活の環境とか今までの地域の中での文脈の中でしっかりと理解し、介護との連携とか、福祉との連携に関心と興味がある、そういう医師の集団も必要になってくる。いわゆる総合診療医のグループです。日本では歴史的に総合診療医の養成というのはあまり重きを置かれていなかったんですね。したがって国民もよくメリットが分からない。しかし実際は諸外国でもそうですけれども、医療の現場に近くなればなるほど、そういう幅の広く患者さんの色んな状態を見て必要だったら専門医に送る能力、つまり、専門医が縦型の専門家だとすると、こちらは横型の専門家と言っていいと思います。そういう人が多く地域の現場にいることによって患者さんの安心・医療の質も改善され、医療の効率がものすごく良くなる。日本のお医者さん、医療技術は非常に優秀ですね、世界的にもこれはトップクラスだと思います。しかし幅の広い臨床能力をもった医師がドカンと地元にいない、医療現場でも自分の得意分野は診れるけれども、ちょっとした小児の熱発は診れない、と言うような医師を日本は養成したので、医師の偏在、医師の不足問題にさらに拍車をかけているところがあるんですね。それを解消するためには、総合診療医というものを社会が育てて国民の人に分かってもらうと言うことが、喫緊の課題であると思います。
そうですね。特に高齢者が増えて、たくさんの病気を持っているお年寄りがそれぞれの専門医にかかったりしますと、薬の量も大変なことになる。これは良く聞かれるところです。今おっしゃったような横と縦の整理が本当に必要だと思うんですけれども、専門的にはその解消に向けた具体策というのはあるんでしょうか。これまで専門医を志向していた国民にも、理解してもらう必要がありますけれども。
尾身
それは3つステップがあると思います。1つ目は総合専門医というのを医学界・医療界においてしっかりした資格を位置づけることです。これはもうその方向に進んでいると思います。2つ目のステップは地域ごとの専門医のニーズがどのぐらいあるかにつき中長期的な展望を持つことが大事です。そして3つ目のステップとしてはそれに向けて、必要な医師数を確保していくという事ですが、これについては、現在既に総合診療医的な役割を担っている開業されてる先生方などには、ちょっとした講義などで、資格を与えるという弾力的な方法を作り、一方平成以降の卒業の医師についてはしっかりした研修を受けてもらうというようにすれば良いと思います。

その時にやはり専門医はどのくらいの数が必要になるかとか、そういうこともきちんと先ほどのグランドデザインの中で議論することになりますでしょうかね。

医師の適正な配置というのは、医師の処遇や支援とセットでないといけないと、先ほど知事からお話にもあったんですけれども、岩手県では具体的にどのような対応をしているのか、教えていただけますでしょうか。
達増
岩手医科大学が設けた地元出身者を対象とした特別推薦入学枠、いわゆる地域枠の卒業生が平成28年度以降岩手県の医療機関に本格的に配置されてきますので、医師や行政関係者によるワーキンググループを作りまして、全国にさきがけて配置調整のルール作りやキャリアアップ支援などについて検討を重ねてきていまして、ちょうど今日これから岩手県と岩手医科大学をはじめとした関係団体が、奨学金養成医師の配置調整に関する協定を締結することにしています。
そうですか。
達増

はい。その協定の基本理念は奨学生養成医師の配置に当たっては、「良医を育て、質の高い地域医療の確保に寄与することであって、この理念の実現のために、中小規模の医療機関の診療もカバーできるスキルを持ち、継続して岩手県の地域医療の核となる人材を養成していくことにしています。ですから「中小規模の医療機関の診療もカバーできるスキルを持ち」ということで、

先ほど尾身先生がおっしゃった総合的なものを身につけてもらおうということをはっきり謳っているわけです。岩手県には規模が小さい病院が多くて、開業医の不足を中小の病院でカバーしている実態がありますので、こうした病院に勤務する医師には、幅広い症状や疾病に対処できる総合的な診療能力が求められるわけです。また、県立病院では医療クラークを大幅に増員していまして、医師の事務的業務の負担を軽減したり、女性医師の勤務環境の改善などに取組んでいて、病院勤務医の負担軽減による定着を図っています。女性医師の勤務環境の改善については、女性医師専用の宿直室を整備したり、短時間勤務制の対象を未就学児から小学3年生までに拡大するということもしています。さらに、限られた医療資源を有効かつ効率的に活用していくためには、地域の病院を地域で支えるという考え方が重要でありまして、院内ボランティアなど地域住民の皆さんが病院を支えるというようなことをどんどん行っていく、そういう地域で病院を支える環境作りが重要ですので、これをしっかり進めています。

私は、岩手県の取組の中で特に、地域の住民参加型の医療を守る取組というのがすばらしいと思いました。地域の病院は地域が支えるという意識を浸透させる取組をしておられますね。ここで少しまとめると、重要なのは医師の配置については国と都道府県の役割をそれぞれ明確にすることが必要で、相互に調整をしながら処遇や支援とセットで進めていくこと。具体的には先ほど尾身理事長が言われたような総合診療ができる医師の計画的な養成や配置をすすめることが、その鍵になるのかなと理解しました。その中で医師の自由と公共の福祉というものがきちんと両方確保される、それがあるべき姿なのだと思います。それに向けて住民の意識を変えていくということがきわめて重要だと感じました。ありがとうございました。
このほかにも地域医療再生のために取組むべき課題は色々あると思うのですが、地域医療の確保のために取組むべき課題をご指摘いただきたいと思います。尾身理事長の方から。

国と地方、住民が一体となって

対談風景

尾身
日本の場合は個々のプレーヤー、たとえば、お医者さんですとか、看護師さんですとかコメディカルの方々彼らの技術能力や、やる気はすばらしいと思います。我が国で改善すべきところはシステムの効率なんですね。その一つが先ほどの総合医でありますよね。もう一つは今日の議論には今まで出ませんでしたけれども、医療におけるITの活用です。日本の場合には、私が患者としてある病院に行くと当然色んな事を聞かれますよね、過去の病気、アレルギー、これまで飲んでいた薬、どんな検査を受けたかなど。で、たまたま他の病気になると他の病院に行ってまた同じ事を聞かれるし、前の病院で実施された検査のデータなどの情報は手元にない訳です。特に高齢者になると、色んな薬をもらって何をもらってるか覚えてないなんてこともあるし。どこにいっても自分の過去のデータ、過去の検査、過去の薬なんかがわかれば、これはその患者さんを見るお医者さんにとってみると診断をしたりこれからの治療に非常に役立ちますよね。たとえば何年前CT検査がどうだった、これが今とどう変わっているのか、ものすごく貴重な情報が病院の枠を超えて共有されていない訳です。これが実は日本の医療にとってものすごく質の面でも医療費の面でも、乗り越えるべき課題になっていると思います。これに関し、現実はどうなっているかというと、各地域、あるいは県、市町村単位毎に、閉鎖的なコンピューターシステムが今乱立してしまっています。そこの閉鎖的なシステムの中だけでデータが共有される訳です。しかも介護と医療、検診のデータの間の突合もできていません。
先ほど知事が医師の偏在というのを県だけでやっても不十分で、国全体として取組む必要があるとおっしゃいました。ITのことも同様で、地域だけで情報共有しても限界があり、国全体のレベルで考える必要があります。
厚生労働省も去年医療情報のクラウド型システムを推奨しました。我々JCHOの病院でもこれを今始めてますが、クラウド型の病院情報システムを全国に普及することが日本の医療の質の向上および医療財源の効率的な活用に貢献できると思います。こういう議論を医療関係者だけでなく一般国民を含め、もちろん官僚や、政治家も含めてじっくり対話していけば良いと思います。
 ITによる連携というと、尾身理事長がおっしゃるように今は各施設内とか小さい地域での連携だと思いますけれども、これを全国一本にするということは、技術的にはそんなに大変ではないのですか。
尾身
そうですね、技術的には問題はないと思います。あとは意志だけの問題だと思います。
医療を受ける側も良かったと思えるような納得感を持てる・・・。
尾身
ええ。それは一部の会社や一部の組織、一部の病院、私どもの病院とか、そういう利益じゃなくて、国民の利益と言うことだと言うことが分かってもらえれば納得感が得られるんだと思います。
これから認知症の方が何百万人ともいう時代が来ると言われています。自分が過去に使った薬剤やアレルギー反応の既往など、そういうものが過去の事も別の場所の事も分かると、医療提供側にも患者側にも良いことがたくさんあるということですね。達増知事はこの取組についていかがでしょうか。
達増
そうですね。ITについては岩手県ではこの小児科専門医の助言をいただきながら、小児救急患者の診療を行うことが出来る小児救急遠隔支援システムというものを導入しています。あと、周産期の分野では、遠隔妊婦検診システムを一体化してインターネット回線で情報を共有する「イーハトーヴ」という周産期医療情報システムを導入しています。これは患者さんの過去と未来を共通のデータでつなぐというよりは、離れたところのお医者さんに手伝ってもらうためのITの活用ですね。
岩手県は広いですからね。
達増
ええ。あとは、東日本大震災津波を契機として、岩手県医療の復興計画の中で、岩手医科大学と被災地の中核病院を結ぶ岩手県医療情報ネットワークシステムの構築を計画しています。これはまさに医療情報を共有していこうという話ですから、岩手の中でという計画なんですけれども、これが全国的に広まりその一部になっていけば、尾身先生がおっしゃったようなことが実現して行くんだと思います。それから、地域医療を守っていく取組として、一般の人たちを巻き込むことが大事という観点から、岩手県では「県民みんなで支える地域医療推進会議」を設置して、地域医療を支える県民運動をやっていまして、県民一人一人が医療の担い手なんだと、自分の命・健康はまず自分で守る、しかし自分だけで守れないところは町のお医者さん、そして病院の勤務医の皆さん、力を合せて命や健康を守っていくと言う発想で、この運動の肝はちゃんとかかりつけ医や専門医の役割分担を住民がきちんと理解して、症状の程度に応じた受診行動を取るということなんです。これは医師不足の中で病院勤務医に過剰に負担がかかり、病院勤務医の皆さんが疲れ果てて、そして辞めていってしまうという、そういう医療崩壊が日本のあちこちで出てきて、岩手でそういうことを起こさないようにということで始めた県民運動で、平成20年度からやっておりまして、住民がまず医療リテラシーと言うんでしょうかね、医療について理解を深めて主体的に地域医療を守っていこう、支えていこうというように考えてもらって、そして運動してもらおうということを県から働きかけています。
はい。すばらしいポスターをお作りになっていらっしゃるのを拝見しました。達増知事の方からは県民の意識を変えて、地域の住民が地域の医療を支えるようにすることで、その地域の限られた医療資源を無駄遣いしないようにする、無駄遣いしないためにもITの力を借りると。いろんな方法、方策があるということが、お二人のお話から本当によく分かりました。もっとやらなければならないことがたくさんあると思いますが、少し時間が残っておりますので、言い残されたことや特別の思いなどを最後に伺いたいと思います。まず尾身理事長から。
尾身
医療とか介護というのは複雑系なんですね。ものすごく多様なプレーヤーであって、ひとつだけボタンを押せば解決するという、いわゆる万能薬はないです。しかしこういう複雑系も鍵になる急所を押せば複雑系がうまく回転してくれるポイントがあるんですよね。そのポイントの一つがITであり、もう一つが総合医と専門医の連携であり、最後のポイントが先ほどからお話している様々な人も巻き込んだ参加型の対話を通して、この複雑系の困難を乗り越えるという事です。我々は今の世代の利益だけを考えるのではなく、次の世代のことを考えるパブリックの観点が必要だと考えます。
ありがとうございます。達増知事はいかがでしょうか。
達増
はい。医療というものが曲がり角にきていて、また地方というものも、今、人口減少対策などのいわゆる地方創生ということを、国と地方で一緒に取組んでいこうということになっていて、改めて医療のあり方についてみんなで考えるべき時であると当時に、地方のあり方についてもみんなで考えていくべき時に来ていると思います。それが交差するところに、今まで以上にみんなで真剣に考えられるベースが出来てきていると思いますので、医療も地方も再生の道が拓かれると信じています。そういう新しい時代の地方にふさわしい地域のあり方と医療のあり方を国と地方と住民が一体となって構築していければいいなと考えています。
ありがとうございした。尾身理事長からは、複雑系の医療と介護をどのようにしたらいいのか、そのカギは専門医と総合医の連携、ITの活用、それから参加型市井会議による議論というお話をいただきました。達増知事からは、なぜ今岩手県から日本の地域医療について提言するのか、その意義を非常にクリアに伺いました。今日はお二方から本当にすばらしいお話を伺わせていただきました。ありがとうございました。

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