進行:南 砂(読売新聞東京本社 取締役調査研究本部長)
対談日:平成27年2月6日
医師、医学博士
名誉世界保健機関(WHO)
西太平洋事務局事務局長 他
尾身 茂 氏
1949年生まれ。自治医科大学を一期生として卒業。東京都伊豆七島を中心とする僻地・地域医療に従事。世界保健機関関西太平洋地域事務局に入る。ポリオ根絶、SARS制圧などで陣頭指揮。その後、数々の要職を歴任後、2012年独立行政法人地域医療機能推進機構理事長に就任。総合医の育成、地域医療におけるITの推進等を含め、我が国の医療問題に関しても提言している。
本日はここ岩手県庁で岩手県の達増知事と地域医療機能推進機構の尾身理事長のお二方に、「地域医療再生」をテーマにお話を伺いたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
東日本大震災津波から4年が過ぎようとしておりますが、まず、被災地の医療の復旧の状況と今後の課題等を達増知事からお聞かせいただけますか。はい。東日本大震災津波によりまして、沿岸部の医療提供施設340カ所のうち107カ所が全壊になるなど、甚大な被害を受けましたが、国内外から支援をいただいて、現在では沿岸部における医療提供施設の再開率は87.9%になるなど、ハード整備についてはおかげさまで復興に向けた歩みが着実に進んでいます。尾身先生におかれても、「自治医科大学医学部同窓会東日本大震災プロジェクト」の本部長を務めていただいて、被災地に医師をのべ117名派遣していただくなどの支援をいただいておりまして感謝申し上げます。ハード整備が着実に進む一方で、被災者が実感する生活の回復度を調査したところ、「回復した」または「やや回復した」を合せて回復したと感じている人が52.3%にとどまっているというのが現状です。被災者の方々は生活環境の変化、応急仮設住宅での不自由な暮らしなどで過重なストレスを抱えていまして、継続的な健康維持・増進の支援をしていかなければなりません。岩手県としても関係機関等の協力のもと、高齢者の介護予防、健康支援、一人暮らしの方の見守り、そして心のケアに取組んできたところでありますが、応急仮設住宅には今でも約2万2千人の方が入居されていまして、被災者の方々の心身の健康を継続的に守っていくために、被災者一人ひとりのニーズに応じたきめ細かい支援を続けていく必要があると考えています。
被災地における地域医療の確保に向けては、医療施設の被害が特に甚大であった陸前高田市で県の医師会が仮設診療所を設置して、地元で不足している診療科の診療を行うなど、被災地の地域医療の支援に尽力いただいています。県医師会をはじめとした様々な団体から支援をいただきながら被災地における地域医療の確保に取組んでいるところでありますが、医師不足などの課題は顕在化してきておりまして、復興の障壁となっております。こうした課題は、特に首都圏などで今後高齢者が急増していく中で、数年後には日本全体の課題になりかねないと考えています。
そうですね、今回の東日本大震災の時は本当に、地元の方ががんばられたと思います。阪神淡路の大震災の後に、実は知事もご承知の災害直後の救命救急を目的としたDMATというのができましたね。今回の東日本大震災から学んだ課題は以下の3つにまとめられると思います。①被災後の中長期にわたる人々の命・健康を守るパブリックヘルスの仕組みの欠如②情報が分断・錯綜したため“全体像”の把握が困難③被災地のニーズと提供された支援のミスマッチ。
つまり、介護、メンタルヘルス、栄養など中長期の生活支援をする全国的なシステムの構築が求められるという事だと思います。実際、東日本大震災発生後2か月ほどしてから、こうした課題に関心のある公衆衛生関係の人々がパブリックヘルスフォーラムを設立し、議論を重ねてきました。そうした議論を通し、災害時健康危機管理支援チーム(Disaster Health Emergency Assistance Team: DHEAT)を提案しています。DHEATのメンバーは予め必要な研修を受け、登録し、いざという時に被災地に派遣されるというようなシステムです。今このDHEATの考えを国にもお話しし、なんとか実現できる努力をしています。なんとかその方向に行きそうな感じが個人的にしています。
ありがとうございました。尾身理事長からのご指摘は、医療施設などハード面については順調に復興が進んでいる、けれども一方で医療だけでない、生活全体を含めた、公衆衛生学的見地からの中長期的システム的な支援が必要になっているということ、それも含めて引き続き多くの課題がまだあるということでした。達増知事からは、被災地の医師不足という医療を巡る危機的な状況は被災地だけの問題ではなくて、これから近い将来、日本のどこででも抱えうる共通の問題であるというご指摘もいただきました。被災地の地域医療を考えることが日本全体のこれからのあり方を展望することでもあるという貴重なメッセージをまずお二人からいただいたと思います。
ありがとうございます。これまでのお話を簡単にまとめると、達増知事からは、地域医療の現場では医師確保が最大の課題になっていて、これは必ずしも岩手だけの問題ではなく、明日の日本全体の問題であるという見地から、「地域医療基本法」の制定を求める提案がありました。また尾身理事長からは、そのためにも日本の医療のグランドデザインについて、国民的な議論を始めないといけない、という話でした。
そこで、お話のキーワードにもなっている医師確保について、これは最大の課題でもありますので、医師の養成について掘り下げたお話を伺っていきたいと思います。全国レベルで計画的に医師を養成して、全国に適正に配置をしていく、と言うのは簡単なんですけれども、これはどのように進めていったらいいとお考えでしょうか。まず達増知事に伺いたいと思います。その時にやはり専門医はどのくらいの数が必要になるかとか、そういうこともきちんと先ほどのグランドデザインの中で議論することになりますでしょうかね。
医師の適正な配置というのは、医師の処遇や支援とセットでないといけないと、先ほど知事からお話にもあったんですけれども、岩手県では具体的にどのような対応をしているのか、教えていただけますでしょうか。はい。その協定の基本理念は奨学生養成医師の配置に当たっては、「良医を育て、質の高い地域医療の確保に寄与することであって、この理念の実現のために、中小規模の医療機関の診療もカバーできるスキルを持ち、継続して岩手県の地域医療の核となる人材を養成していくことにしています。ですから「中小規模の医療機関の診療もカバーできるスキルを持ち」ということで、
先ほど尾身先生がおっしゃった総合的なものを身につけてもらおうということをはっきり謳っているわけです。岩手県には規模が小さい病院が多くて、開業医の不足を中小の病院でカバーしている実態がありますので、こうした病院に勤務する医師には、幅広い症状や疾病に対処できる総合的な診療能力が求められるわけです。また、県立病院では医療クラークを大幅に増員していまして、医師の事務的業務の負担を軽減したり、女性医師の勤務環境の改善などに取組んでいて、病院勤務医の負担軽減による定着を図っています。女性医師の勤務環境の改善については、女性医師専用の宿直室を整備したり、短時間勤務制の対象を未就学児から小学3年生までに拡大するということもしています。さらに、限られた医療資源を有効かつ効率的に活用していくためには、地域の病院を地域で支えるという考え方が重要でありまして、院内ボランティアなど地域住民の皆さんが病院を支えるというようなことをどんどん行っていく、そういう地域で病院を支える環境作りが重要ですので、これをしっかり進めています。私は、岩手県の取組の中で特に、地域の住民参加型の医療を守る取組というのがすばらしいと思いました。地域の病院は地域が支えるという意識を浸透させる取組をしておられますね。ここで少しまとめると、重要なのは医師の配置については国と都道府県の役割をそれぞれ明確にすることが必要で、相互に調整をしながら処遇や支援とセットで進めていくこと。具体的には先ほど尾身理事長が言われたような総合診療ができる医師の計画的な養成や配置をすすめることが、その鍵になるのかなと理解しました。その中で医師の自由と公共の福祉というものがきちんと両方確保される、それがあるべき姿なのだと思います。それに向けて住民の意識を変えていくということがきわめて重要だと感じました。ありがとうございました。
このほかにも地域医療再生のために取組むべき課題は色々あると思うのですが、地域医療の確保のために取組むべき課題をご指摘いただきたいと思います。尾身理事長の方から。